11th/july/2006 NYC-day9

朝7時に起きて1時間ほど散歩する。運動不足を解消するためでもあるし、37歳にしてずいぶん達観的に過ぎるような気もするが、散歩こそ人生最高の楽しみかもしれないと最近とみに感じるようになったからだ。マンハッタンのビルの街並みを歩いていると、自分で歩いているという主体性が失われて、まるで何かの乗り物に乗って「自分はただ移りゆく景色を眺めている」という観察性だけがザルに残った僅かなカスのように取り残されるように思う。最初5thアベニュー32丁目の辺りを中心に、まるで繋がれた犬のように一点を中心に縦横に歩き、その後子供の手から離れた風船のように3rdアベニューの方に向けて流れていった。時々気になるレストランの前で足を止めメニューを確認しながら3rdアベニューからは北の方へ。クライスラービルがちょうど左側に見える辺りまで歩みを進めた。帰り際に往路で見つけておいた美味しそうなベーグル屋でサーモンスプレッドと野菜を挟み込んだエブリシングを買って右手にぶら下げてマンションへと向かう。考えてみれば、ニューヨークに来てもう9日目になろうというのに今回の滞在では初めてのベーグルだ。どうしてもと体が欲しがったフレッシュオレンジジュースとともに独特の歯ごたえのそれを口に含むと、アホかニューヨークのベーグルは何でこんなに美味いんだ、というぐらいに美味い。どうして今回の滞在では今まで食べなかったんだろうと少し後悔する。バーグドーフ・グッドマンのウェブサイトで先日見つけたバレンチノのバッグをN氏のマンションを送付先にして購入する。俺様が今いる短期アパートではコンシェルジュが24時間いないので、親友のN氏に協力を仰いだのだ。ラッキーなことに昨日まで30%オフだったのに今日から50%オフになっていた。夕方にもう一度商品一覧をチェックするとかなりの数が無くなっていたので、このことを知っているアメリカ人がこの「ドゥズィエームマルケ(二度目の値下げ)」を待っていたことが伺える。まさに早起きは三文の得、というか、買われるべきものは買われるべき相手の所に買われていく、という必然性の介在を信じてみたくなった。ワイフの喜びに花咲く姿が想像されて、一足早く嬉しくなる。午前中はそんな感じで流れて、午後は部屋でのんびりしてるともう夕方の五時近くになり、N氏が迎えに来る時間が近づいてくる。出かける準備をして5時半ちょうどに現れた彼とともに、アップタウンウェストのシーフードレストラン「Ocean」に向かう。アラカルトで料理を注文し、ワインはオレゴンピノグリ(白)を選ぶ。人気店だけあって味は繊細でしかし輪郭はほどよく主張していて充分美味しかった。食事中の歓談の中でN氏には、年末一ヶ月ほどワイフと二人でニューヨークに来る可能性があるので、57丁目のカーネギーホールの隣に立つ最高級コンドミニアム「メトロポリタンタワー」の空き状況を気にかけておいて欲しい、などと話したりした。二人で来るなら最高の立地で最高級の部屋で最高のニューヨークを満喫したい、と思ったからだ。食事の後は10分ほど散歩して、トムハンクスとメグライアンの映画「ユーガッタメール」で撮影に使われた「Cafe Laro」にコーヒーを飲みに行った。沢山の電球に彩られたロマンチックな店だったが、店内は「Ocean」とは打って変わって、若者たちの賑やかさに包まれていた。俺たちのテーブルを担当したウェイトレスの女の子がとても印象的だった。決して美人ではないのだが、20歳そこそこにも関わらず表情に深みと包容力があり、俺たちは幸せな気分になった。800人に一人ぐらいこういう女の子がいる。「顔がとてもチャーミングだから見飽きないよ。ハッピーな俺たちに名前を教えて」などと軽いやりとりをしながら名前を聞いた。N氏と俺様は、「あと二週間のうちにもう一度ジェシカを見に行こうぜ」と無邪気に喜びながら家に帰った。年齢にかかわらず母性を感じさせる包み込むような女の子が時々いて、特に一人でいる男たちはそこから発散する安心感に憧れてしまうのだ。そんな感じで一日は終わり、俺様はマーケットのオープンに合わせて部屋に帰った。